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<現在の展示>
第9回企画展 「在日のくらし−ポッタリ(風呂敷包み)一つで海を越えて」 展
在日コリアンの方々のくらしの様子を、衣・食・住の道具から追う企画展です。
故郷を遠く離れたくらしの中で、変わったこと、変わらないことは、それぞれ何だったのでしょうか。
【 会 期 】
2009年9月5日(土)〜 2010年8月末
【 会 場 】
昭和のくらし博物館企画展示室
【 展示内容 】
概説−在日朝鮮人・渡日の理由/ある在日の歴史−李秀渕はなぜ日本に来たのか/住まい−住まいにみるくらし・東京周辺の集住地区/ドブロク/
食物−在日朝鮮人の食生活/衣服−和服強制の中で/お産−ハルモニたちのお産/冠婚葬祭/在日朝鮮人と娯楽
【 解説本 】
10月初め頃に出版予定です。
【 ごあいさつ 】
ある時、昭和のくらし博物館に在日コリアンの李サンジョさんがいらして、ポシャギの展覧会をやらせてもらえないかといわれました。そしてお母さんが朝鮮から海を渡って日本にやってきたときに持ってこられたという麻の端布で作ったポシャギをみせてくれました。使い古された生成り色のポシャギにはしみじみとした生活感がにじみでていて心打たれました。ただあとで聞くとポシャギはちょっとお洒落なもので、実用としてはポッタリが使われていたそうです。ともあれ昭和のくらし博物館では、博物館が企画する展覧会以外は行っていません。それでも李さんといろいろと話をしているうちに、ポシャギやポッタリだけでなく、もっと広く、在日朝鮮人のくらし全般についての展示ができないだろうかと考えはじめました。
考えてみれば昭和という時代には日本には多くの朝鮮人が住んでいたのに私たち日本人は身近にいた隣人のことをほとんど知らずにいたということです。統治国である日本で生活しなければならなかった在日朝鮮の人々が、どんな苦難の中を生きていたか、このことについて思い及ぶことがなかったのです。何という無知であり、傲慢だったか、言葉がありません。
その日本人である私たちが在日朝鮮人について何かを取り上げると言うことは重い課題であることはたしかです。また何を、どのようにやったにしても多くの問題が残ることだと思います。まして昭和のくらし博物館の力では出来ることも知れています。在日コリアンの方々の反発を招くかも知れませんし、見当違いだと叱られるかも知れません。それでも「くらし」という、人間が生きていく上では共通の問題を手がかりにして勉強していったら、何か得られるのではないかと考えたのです。そこでそのことを李さんに提案したところ李さんも賛成してくれましたので勉強会を始めることにしました。勉強会は1昨年から在日韓人歴史資料館や川崎市ふれあい館、川崎トラジの会の皆様他多くの方々のご協力をいただきながら、衣食住を中心に聞き取りを主にして少しずつ進めてきました。
しかし衣食住といっても広く深いものです。したがって勉強できたことはほんの僅かにすぎません。でもそれだけでもわたしたちにとっては知らないことばかりで驚きの連続でした。特に驚いたのは協和会に見られるような生活の隅々にまで及んでいた支配の構造ということでした。実に野蛮です。知らなかったとはいえ日本人としては慚愧に堪えません。これに対しては私達が出来ること、またしなければいけないことは日本国家が今後同じことをするのを決して許さないということしかないと強く思いました。
しかしそうした中にあったにもかかわらず、決してくじけることなく、忍耐強く、しかもユーモアを失わずに生き抜いてきた朝鮮人のバイタリテイと強靱には驚嘆すると同時に心から感動しました。こうしたことがどこまでこの展覧会で表現できているか、甚だ心許ない限りですが、どうかその点をくみ取っていただけたらと思います。
なおこの展覧会を開くに当たり、在日韓人歴史資料館館長姜徳相氏、羅基台氏、高麗博物館館長樋口雄一氏、韓国食文化研究所所長鄭大声氏、川崎市ふれあい館三浦知人氏、鈴木宏子氏、川崎トラジの会のハルモニたちとボランティアのみなさま、新潟の尹千石氏、金正順氏、金芯光氏ほか多くの在日コリアンの方々のお世話になりました。心から感謝申し上げます。
2009年9月 昭和のくらし博物館館長 小泉和子
<これまでの企画展>
第1回 1999年度 「家庭看護」
第2回 2000年度 「洋裁の時代」
第3回 2001年度 「ちゃぶ台の昭和」
第4回 2002年度 「くらしの中のはきもの」
第5回 2003年度 「町のお医者さん 鵜ノ木耳鼻咽喉科と開業医の昭和」
第6回 2004〜2005年度 「昭和のキモノ」
第7回 2006年度 「昭和の女職人」
第8回 2007〜2008年度「家で病気を治した−家庭看護の時代−」
<次回予定>
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